長崎市小瀬戸町にある通称「ねずみ島」。正式には皇后島というそうで、現在は地続きになっていますが、昔は独立した島でした。
私も小さい頃ここに泳ぎに来た記憶があります。また、水泳道場なるものにも参加させて頂いたこともあります。そして、この島を1周泳がされた記憶も。。。しかし、海水の汚染により昭和47年(1972年)9月に閉鎖されています。
この「ねずみ島」の水泳道場での水泳指導は長崎遊泳協会の田中直一さんが会長となり行われてきたようです。(銅像には直治先生とありました。)水を踏むことを基本とする泳法である日本泳法小堀流 踏水術を基本とし、明治35年(1902年)に発足。創立時の会員数は約810名だったそうで、明治ノ終りには2,399人にもなっていたとか。。。
水泳道場が開かれていた海岸です。その海岸を今でも見渡すかのように銅像がありました。
また、この地には、大正後期から昭和初期にかけて、後ろの小高い丘の上から一気に滑り降りる大がかりな木製の大滑り台があったり、「やぐら」と呼ばれる高飛び込み台があったりと、子供たちにとってはまさに天国のような地だったようです。
また、この「ねずみ島」の当時名物だったのが立ち泳ぎ!でしょうか。その中でも「大名行列」というものが圧巻で、神輿に子供を乗せ、その神輿を数人で立ち泳ぎで抱え上げて静々と練り泳ぐ?
私も、そんな光景を頭の隅っこの記憶に残っています。
海岸の脇に今も残る桟橋。ここに船が着いていた記憶があります。また、その袂に神功皇后の御◎跡という石碑が立っていました。(◎の所は、浸食が酷く不明)
どうもこの地は神功皇后伝説が残っているようです。
埋立地から海岸へと向かう途中で、難破船見たいな長年放置され打ち上げられている船がありました。潮が引いている時にはこの船に乗り込むこともできます。朽ち果てた船。なんとも言えない哀愁を感じてしまいました。その船に僅かに残る東京都という文字が。。。これは、東京から来た船なのか?ちょっと不思議な感じがしますね。
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