チョコレートも日本へ最初は、やはり!長崎だったんですねぇ~。
簡単に?チョコレートとココアのご説明から(笑)
○ チョコレート/ココア が出来るまで①まず、カカオ豆を炒ります。
②そして、異なる種類のカカオ豆をブレンドし砕き、カカオマス(ココアバターという脂肪分が多く含まれています)という粉末にします。
その後の作り方によって、いろいろなチョコレートに変身します。
a,ブラックチョコレート
⇒カカオマスをそのまま使ったココアバターを含んだもの。
b,ミルクチョコレート
⇒カカオマスに粉乳を少し加えて作ったもの。
c,ホワイトチョコレート
⇒カカオマスに多量の粉乳を加えたもの。
d,ココア
⇒カカオマスからココアバターを取り去ったもの。
以上となります。いかがでしょうか?作り方によって色々なチョコレート等が出来るんですね。
○ 日本伝来!チョコレートの歴史日本にチョコレートが入ってきたのは、江戸時代の寛政9年(1797年)に長崎の遊女がオランダ商人からもらったのが最初だと考えられています。長崎の遊女たちは、その他にもいろいろと欧米の文化に日本で一番早く親しんでいたことでしょうね。
「寄合町諸事書上控帳」の記述によれば、「しょくらあと六つ」と書かれています。また、「長崎見聞録」では、薬として用いられていたようで、「しょくらあと」を削ってお湯の中に入れ、タマゴ・砂糖を加え、茶筅で泡立てて飲むと書かれているそうです。
そう言えば、チョコレートは、船乗りの病気である脚気、ビタミン不足などを補うために積み込まれた!なんて話も聞いたことがあります。
チョコレートの原料のカカオはたいへん苦いもので、現在のチョコとはまったく違っていたんですね!まあ、薬とされていたぐらいですから(笑)。
「日本で最初にチョコレートを加工製造・販売したのは?というと、東京・両国の米津風月堂(現:東京風月堂)で明治11年(1878年)に加工製造・販売されています。また、その年の12月24日に初めて新聞に広告を出し、名前も「貯古齢糖」という当て字で掲載しています。その他に「猪口冷糖」という当て字もあります。
しかし、当時はあまり普及はしなかったそうです。日本に普及したのはというと、森永製菓が明治32年(1899年)にクリームチョコレートを製造。大正7年(1918年)にカカオ豆から一貫したチョコレート製造が始めたのが最初だといわれています。大正15年(1926年)には、明治製菓がチョコレートの一貫生産を始め量産体制が確率されたそうです。
森永さん!ありがと~!
○ カカオの木チョコレートの原木のカカオの木は、正式には「テオブロマ・カカオ」と言います。
ギリシャ語で「テオブロマ」とは「神様の食べ物」という意味だそうです。
また、このカカオの実は、枝になるのではなく、幹に実がなるんです。
驚きですね。
○ チョコレートカカオからチョコレートがヨーロッパで作られたのが16世紀だとか。ナッツ・バニラ・砂糖を加え、甘いチョコレートを作ったそうです。このチョコレートは貴族や僧侶などの特権階級の人たちの「飲み物」として親しまれていました。
19世紀になると、カカオからココアバターの一部を取り除き、成型。飲み物から食べる!へのチョコレートになります。しかし、食べる!チョコレートは当時はまだまだ苦かったらしく、1876年にミルクチョコレートが開発されています。
19世紀の末には、粒子が細かくなった良質のチョコレートが作られるようになり、現在のチョコレートとなっているんだそうです。