アクセスマップ

プジョー長崎

住所〒859-0401
長崎県諌早市多良見町化屋1870
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TEL0957-27-2233

営業時間10:00-18:00 

定休日毎週水曜日、第1・第3火曜日 (但し、年末年始・GW・お盆期間は定休日以外にもお休みを頂く場合がございます)

アクセス方法*多良見IC・長崎バイパス(多良見)を出て諌早方面へ車で約5分。
もしくは諌早ICから、長崎方面へ車で10分。
(国道34号線沿い)

*JR喜々津駅から国道長崎方面へ徒歩5分。

*慈恵病院バス停

スタッフブログ

日本で最初は長崎!【電話】

[2009/10/08]L'avis du lion.【ライオンの囁き】   Club PN
日本で最初は長崎!【電話】
電話。私の小さい頃は、ダイヤルが無い黒電話なんてものも見かけたことがあります。電話のよこにクルクルとまわすレバーが付いていて、受話器を取ってレバーを回すと、電信公社のお姉さんが出て、番号を言ったらつないでもらえるというものでした(笑)これって、結構、子供の頃は便利で、どこどこの誰の家なんて言えば、私の田舎限定でつないでもらってましたねぇ~(笑)

ところで、日本で電話を始めて引いたのが長崎!なんてことを皆さんご存じでしたでしょうか?

そうです!一般個人の家に電話を引いたのも、長崎!そして、さらに国際電話の発祥の地も長崎!なんですねぇ~。



今回は、日本初は長崎の「電話」について、ご紹介します。
日本で最初は長崎!【電話】
○ 電話と近代的な炭鉱

私設電話を日本で最初に設置したのは、英人貿易商「トーマス・B・グラバー」でした。

トーマス・B・グラバー1881-2年(明治14-15年)頃に、トーマス・B・グラバーと佐賀藩とで経営された高島炭鉱で、日本初の「洋式採炭法による採炭」を始めています。その時に、南山手の居宅から高島の寓居へ海底ケーブルを引き、日本で初めての私設電話線を架設しているんです。


また、この洋式採炭法という採炭のやり方も日本で初めてだったんですね。それまでの採炭のやり方といえば原始的なもので、「地表の炭層をつるはしでり取り、それを人夫が小さな篭で運ぶ」と言う物だったんです。また、彫っている時に水がでてくるとその坑は諦め次を探す!なんて安全対策が殆ど無いまま採掘されていたそうです。

そこで、佐賀藩と共同で経営することになったトーマス・B・グラバーは、蒸気動力を使い竪坑を堀り、捲揚機やポンプやレールなどを敷設し近代的な採炭法を高島炭鉱に取り入れ採炭をするようになったそうです。
日本で最初は長崎!【電話】
○ 国際電話

デンマークの大北転進会社は、1871年(明治4年)6月18日に長崎~上海間に海底ケーブルを敷設し開通、そして日本初の国際電話業務が開始されました。また、同年に長崎~ウラジオストック間の通信も開始されています。また、国際電報も行われています。

この記念碑は、グラバー園入り口近くにありますので確認してみてはいかがですか?