アクセスマップ

プジョー長崎

住所〒859-0401
長崎県諌早市多良見町化屋1870
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TEL0957-27-2233

営業時間10:00-18:00 

定休日毎週水曜日、第1・第3火曜日 (但し、年末年始・GW・お盆期間は定休日以外にもお休みを頂く場合がございます)

アクセス方法*多良見IC・長崎バイパス(多良見)を出て諌早方面へ車で約5分。
もしくは諌早ICから、長崎方面へ車で10分。
(国道34号線沿い)

*JR喜々津駅から国道長崎方面へ徒歩5分。

*慈恵病院バス停

スタッフブログ

為になるの?こんな雑学!【アロハシャツ】

[2008/11/27]L'avis du lion.【ライオンの囁き】   Club PN
為になるの?こんな雑学!【アロハシャツ】
「アロハシャツ」というと、頭に真っ先に浮かぶのは、ハワイではないでしょうか?ハワイでは正装として扱われているアロハシャツですが、その起源はなんと「日本」だと言えるそうなのです。


今回は、そのアロハシャツについての雑学をご紹介いたします。




◎ アロハシャツ

ハワイの定番ともいえるトロピカルムードたっぷりのアロハシャツは、ゆったりとした着心地である開襟のシャツでハイビスカスの花やヤシの葉などの植物が大きくカラフルな柄で描かれています。このアロハシャツは、古くからハワイの人たちの民族衣装の一つだと一般的に思われがちですが、実は日本人が発明?していると言われているのです。
為になるの?こんな雑学!【アロハシャツ】
◎ アロハシャツの歴史

この「アロハシャツの歴史」は、19世紀の終わり頃、新天地を求めてハワイに移民した日系移民の人たちまでさかのぼります。ハワイはご存じの通り「常夏の楽園」と言われる亜熱帯地域で、1年を通じて温度が温暖な気候です。そこに初めて日本人が目にしたハワイの地元の人たちの服装は、「バカラ」という木綿の涼しげな開襟シャツだったそうです。この「バカラ」というシャツは、あらかじめ染めた糸を織って模様を出す日本の絣(かすり)に似ていた為、日系移民の間で愛用されるようになったそうなんですね。そこで、日本から移住した人たちは、和服が古くなると日本から持ってきた和服を仕立て直して「バカラ」として愛用していたそうなのです。

日本人の和服を仕立て直して作られた「バカラ」は、ハワイの地元の人々に、エキゾチックな柄と雰囲気でたちまち評判となり一般的に着られるようになり、それを観光として訪れたアメリカ人たちがお土産として買っていったそうなのです。この時の「バカラ」がアロハシャツの原型とも言えるものなんですね。

その「バカラ」が現在の「アロハシャツ」のトロピカルデザインになったのは、素材(生地)が和服と同じ絹からレーヨンに変わった時だそうで、現在の色とりどりの色彩となったそうなのです。そして、再び和服の柄をモチーフとするようになってきました。ちなみに「アロハシャツ」と呼ばれるようになったのは1936年、ホノルルで洋服店を営んでいたエラリー・チェンが商品登録した時からなんだそうです。



そうすると「アロハシャツ」は、ハワイ生まれの和服?と考えられるのかもしれませんね。
ちなみに、「アロハシャツ」と並んで女性の「ムームー」がありますよね。「ムームー」とはハワイ語で「短く切り落とす」という意味です。これは、1820年代に米国の宣教師の妻たちが、自分たちが着ていたドレスの襟や袖を切り落として、暑い気候にマッチしたスタイルにリフォームしたのが由来なんだそうです。